最高裁判所第二小法廷 平成7年(オ)1684号 判決 1998年2月27日
上告人
土田撻三郎
外三名
右四名訴訟代理人弁護士
島武男
畑良武
堀井昌弘
同訴訟復代理人弁護士
奥岡眞人
被上告人
土田喜和
外一名
右両名訴訟代理人弁護士
葛原忠知
法常格
佐野久美子
被上告人
土田喜補
主文
原判決を破棄する。
本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人島武男、同畑良武、同堀井昌弘の上告理由第一、第二について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
同第三について
一 原審の確定した事実関係の概要及び記録によって認められる本件訴訟の経緯等は、次のとおりである。
1 第一審判決添付物件目録記載の土地建物(以下「本件不動産」という。)は、亡土田昌子の所有であったところ、同人が昭和五九年三月二七日に死亡したことに伴い、同人とその亡夫喜三郎の子である上告人ら、被上告人喜補及び亡土田庄太郎の六名の相続人の間で、昭和六一年七月二日、本件不動産につき法定相続分の割合に応じた持分各六分の一の割合による共有とする旨の遺産分割協議が成立した。
2 本件不動産は、大阪市中央区所在の京阪天満橋駅の南西約三五〇メートルに位置する登記簿上の面積393.95平方メートルの土地とその地上の二階建木造住宅であり、現物分割には適さない。第一審で実施された鑑定の結果によれば、本件不動産の価格は、平成四年一月一五日現在で二〇億三四〇〇万円であるが、原審では、本件不動産の価格についての鑑定は行われていない。
3 本件不動産には、創立者である亡喜三郎の死後亡庄太郎が代表取締役となっていた株式会社菊屋を債務者とする元本極度額三〇〇〇万円の根抵当権のほか、被上告人喜補が代表取締役を務める株式会社クリサンテームを債務者とする七つの根抵当権(極度額合計四億四四〇〇万円)等が設定されている。また、本件不動産には、現在上告人土田撻三郎一家が居住している。
4 亡庄太郎及び被上告人喜補は、上告人らとの分割協議が調わなかったため、本件不動産の共有物分割を求める本件訴えを提起し、本件不動産の分割方法として、競売による分割を求めていたが、被上告人喜補は、本件訴訟の第一審係属中に本件訴えを取り下げる旨の意向を表明するに至った。これに対し、上告人らは、遺産分割協議の際に本件不動産につき不分割の合意がされている、被上告人らの分割請求は権利濫用に当たるなどと主張して、本件不動産の分割に反対していた。もっとも、第一審での口頭弁論終結後の和解期日において、上告人らからの提案を受けて、上告人撻三郎が単独であるいは他の上告人らと共に亡土田庄太郎の持分を買い取る方向での話合いが進められたが、合意には至らなかった。
5 亡庄太郎は、本件訴訟の第一審係属中に死亡し、その相続人間の遺産分割協議の結果、亡庄太郎の有していた本件不動産の共有持分六分の一につき、被上告人喜和が持分三〇分の三、被上告人裕二郎が持分三〇分の二の割合でこれを取得し、右両名が本件訴訟を承継した。
二 原審は、本件不動産がいかなる割合によっても現物分割に適さないとして、本件について、全面的価格賠償による共有物分割を認める余地があるか否かにつき審理判断することなく、競売による分割をすべきものと判断した。
三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1 共有物分割の申立てを受けた裁判所としては、現物分割をするに当たって、持分の価格以上の現物を取得する共有者に当該超過分の対価を支払わせ、過不足を調整することができるが(最高裁昭和五九年(オ)第八〇五号同六二年四月二二日大法廷判決・民集四一巻三号四〇八頁参照)、これにとどまらず、当該共有物の性質及び形状、共有関係の発生原因、共有者の数及び持分の割合、共有物の利用状況及び分割された場合の経済的価値、分割方法についての共有者の希望及びその合理性の有無等の事情を総合的に考慮し、当該共有物を共有者のうちの特定の者に取得させるのが相当であると認められ、かつ、その価格が適正に評価され、当該共有物を取得する者に支払能力があって、他の共有者にはその持分の対価を取得させることとしても共有者間の実質的公平を害しないと認められる特段の事情があるときは、共有物を共有者のうちの一人の単独所有又は数人の共有とし、これらの者から他の共有者に対して持分の価格を賠償させる全面的価格賠償の方法による分割をすることも許されるものというべきである(最高裁平成三年(オ)第一三八〇号同八年一〇月三一日第一小法廷判決・民集五〇巻九号二五六三頁、最高裁平成七年(オ)第二四六一号同九年四月二五日第二小法廷判決・裁判集民事一八三号三六五頁参照)。
2 これを本件についてみるのに、前記一の事実関係等によれば、本件不動産は、亡昌子の相続人間の協議により法定相続分の割合に応じた共有とする遺産分割がされたものであって、その形状等から現物分割は不可能である上、上告人撻三郎が今後も本件不動産に居住することを希望しており、上告人らにおいて、本件不動産を競売に付することなく、上告人撻三郎が単独であるいは他の上告人らとともに亡庄太郎の持分につき対価を支払ってこれを取得する方法による分割を提案していることなどにかんがみると、本件不動産についての被上告人らの持分を上告人撻三郎単独ないし上告人らの取得とすることが相当でないとはいえないし、上告人らの支払能力のいかんによっては、被上告人らにその持分の対価を取得させることとしても、共有者間の実質的公平を害することにはならないものと考えられる。
四 そうすると、本件について、全面的価格賠償の方法により共有物を分割することの許される特段の事情の存否について審理判断することなく、直ちに競売による分割をすべきものとした原審の判断には、民法二五八条の解釈適用の誤り、ひいては審理不尽の違法があるというべきであり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由があるから、原判決は破棄を免れず、前記説示に従い更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官河合伸一の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
裁判官河合伸一の補足意見は次のとおりである。
法廷意見は、全面的価格賠償の方法による共有物分割が許されるための要件として、当該共有物を取得する者(以下「現物取得者」という。)にその対価の支払能力があることを掲げているところ、原判決は「共有物分割に反対する共有者が他の共有持分を買い受ける資力がないことが認められる」と判示しているので、これに関連して若干補足しておきたい。
一 全面的価格賠償の方法による共有物分割を命ずる判決が確定すると、それによって直ちに現物取得者は当該共有物の共有持分を取得するのに対し、その共有持分を喪失する者(以下「対価取得者」という。)は、現物取得者に対する金銭支払請求権を取得するにすぎない。もっとも、現物取得者の共有持分取得も対抗要件を備えなければ完全なものとはならないが、それについては、民事保全手続をしたうえ訴訟を提起すること等によって、ほぼ確実にこれを完全なものとすることができる。これに対し、対価取得者が取得する金銭支払請求権は、現物取得者の支払能力ないし資産状態の如何によっては、民事保全手続等によってもその権利内容を十全な形で実現できない場合があり得る。かくては、共有者間の実質的公平は害されることになってしまう。
そのため、全面的価格賠償の方法による共有物分割を命ずるについては、法廷意見が説示するような諸事情の総合考慮から右方法によることの相当性が認められるだけでは足りず、現物取得者に裁判所の定める対価の支払能力のあることが要件とされているのである。
二 右に述べたところから明らかなように、ここでいう支払能力は、現物取得者による任意履行の蓋然性だけではなく、同人の資産に対する強制執行の奏効可能性をも視野に入れて考えられている。しかるに、原判決中の頭記引用の部分は、上告人らの権利濫用の抗弁を排斥する理由の一部であって、右のような意味での支払能力の有無について判断されたものでないことは明らかである。また、記録によっても、この点について右のような観点からの証拠調べをした形跡は認められない。
原判決は全面的価格賠償の方法による共有物分割を明示的に肯定した最高裁判例が現れる前にされたものであるから、原審の右措置を非難することはできないとしても、結果において審理不尽の違法があったものであり、破棄はやむを得ないのである。
三 ところで、支払能力の有無の認定・判断は、実際には必ずしも容易でない。
例えば、現物取得者が担当額の銀行預金を有していることが証明されても、他に債務を負っているか否か、その額等が明らかでなければ、必ずしもその預金によって対価が支払われるとは断定できない。逆に、格別の資産を有していることが明らかでなくても、何らかの人的関係によって必要額を調達できる場合もある。
支払能力の認定・判断とは、結局、将来支払がされるであろう蓋然性の予測であるから、右の例だけでも明らかなように、それを確実に証明し、認定することには本来的な困難が伴うものである。そのため、裁判所が、この予測が将来当たらないことを案じて、その認定を厳しく行うことになれば、前示の相当性が認められるにもかかわらずこの方法が許容されない場合が多くなり、せっかく認められた新しい方法が画餅に帰するおそれなしとしない。
四 私は、このようなディレンマを解決する方策が、事案に応じて工夫されてよいと考える。
例えば、原告が競売による分割を求めて共有物分割訴訟を提起したのに対し被告が全面的価格賠償の方法による分割を求めているという事案において、全面的価格賠償の方法によることの相当性は十分に認められるし、被告には一応の資産があることも窺われるものの、前述の意味で支払能力が確実にあるとまでは断定できないとしよう。このような場合に、裁判所としては、直ちに競売による分割を命ずるのではなく、一例として、次のような趣旨の判決をすることが許されると考えるのである。すなわち、被告が判決確定後一定の期間内に裁判所の定める一定の額の金員を支払うことを条件として当該共有物を被告の単独所有とすることとし、当事者からの申立てに応じて、原告に対し右支払と引き換えに持分移転登記手続を命ずるなどするとともに、被告が右所定どおりの支払をしない場合には当該共有物を競売に付してこれを分割する旨を命ずるのである。
右の例において、被告の支払うべき金員の額は、当該共有物の口頭弁論終結時における市場価格を基礎として、これを競売した場合に原告が取得し得るであろう配当金等の額を下回ることのないように定められるべきである。そうすれば、原告にとっては、もし被告が任意に右金員を支払えば、競売手続きによる場合よりも不利にはならないということができるし、もし被告が右期間内に支払をしなければ、本来求めている競売による分割が行われることになる。他方、被告にとっては、自ら右の支払をしさえすれば、求めているとおりの結果を得ることになるのである。
また、共有物分割訴訟は形成訴訟であるとされているから、右の例の場合を含め、全面的価格賠償の方法による共有物分割を命ずる場合において、対価取得者に対して持分移転登記手続を命ずるためには、当事者からの別訴の提起を待ってこれを併合することが穏当であろう。対価の額を判断するための資料等も、当事者から提出されるべきものであって、裁判所の釈明権の行使が期待されるが、それによっても適正な対価の額を定め得ない場合は、結局、法廷意見のいう「特別の事情」が認められないものとして、全面的価格賠償の方法による共有物分割が許されないことになるのである。
五 法廷意見及びその引用する最高裁判例が、全面的価格賠償の方法による共有物分割が許されるための要件として、現物取得者に対価の支払能力があることを求めているのは、共有者間の実質的公平を確保するためである。すなわち、現物取得者に対価取得者の有する共有持分を取得させることとしても、裁判所が適正に定める対価が確実に対価取得者に支払われるならば、あたかも分割の方法として競売手続が選択され、現物取得者が当該共有物を競落した場合と同様の結果となるにすぎず、実質的に、競売による分割の方法について期待されるのと同様の公平性が確保されるからである。そうだとすると、前記四に例示するような措置をとることによっても、結局、右と同様の実質的公平が確保されることは明らかであるから、現物取得者の対価支払能力を要件とした法廷意見及び判例の趣旨は、何ら損なわれることはないと考えられる。
そのほかにも、右の私案には、民事訴訟についての伝統的観念等からする異論があるかもしれない。しかし、私は、本来非訟事件である共有物分割訴訟においては、何らかの実質的な不都合がない限り、弾力的、合目的的な方法が工夫されてよく、それが全面的価格賠償の方法による共有物分割を承認した最高裁判例の基本的な理念にかなうものと考えるのである。
(裁判長裁判官河合伸一 裁判官大西勝也 裁判官根岸重治 裁判官福田博)
上告代理人島武男、同畑良武、同堀井昌弘の上告理由
(第一、第二省略)
第三、法令解釈の誤り(分割方法)
一、原判決には、分割の方法について、民法二五八条の解釈を誤る違法がありこの違法が判決に影響を及ぼすこともまた明らかである。
二、すなわち、原判決は、現物分割が不可能であるから代金分割によるべしとするが、本件の解決策としては庄太郎の持分(現段階では、喜和及び裕二郎)を他の上告人等で買い取るのが最上なのであるから、現物分割が不可能だからといって一律に代金分割によるとするのではなく、価額賠償という方法をとる余地があるというべきである。
東京高裁昭和四一年三月二三日判決下民集一七、三=四、一四〇では、裁判上の分割方法として価額賠償の方法をとり得る旨判示しているが、蓋し正当である。実質的に考えても、価額賠償は、代金分割を一部原則形態としての現物分割に置き換えたものであるから、当然に認められるべきものであると考えられる。
三、裁判上の分割において、現物分割が原則とされるのは、前述のように、共有関係は一時的やむを得ないものに過ぎないということであろうが、そもそも、本件は親族間での共有関係であるから右趣旨が妥当しないのは、すでに述べたところであるし、また、親族関係であると否とで区別する理由がないということであったとしても、右現物分割を原則とする趣旨からは、現物分割ができないならば、現物分割と代金分割との中間形態である価額賠償を認めるべきである。
四、原判決は、「……分割後は右会社が各共有者に求償債務を負うこととなり、共有者間の財産関係には実質的な変動はないので、いずれも、本訴請求が権利濫用となることはない、というべきである。」とするが(原判決六丁表)、右求償債務関係を残してもいいというなら、他の共有者が連帯して庄太郎に債務を負わせることとして上告人に価額賠償の判決をしてもよいはずである。
現物分割ができなければ直ちに代金分割すべきとする本条規定は、そもそも合理的な理由が存するものではなく、本条規定の文言にかかわらず価額賠償をすべきとする判決をしても必ずしも本条に反するわけではない。それゆえ、価額賠償の可能性を一顧だにせず代金分割の判決をしたのは民法二五八条の解釈を誤るものであり、またこの点の可能性の検討に対する判断の不足は、審理不尽の違法をも有するというべきである。